これは在るか無いかという話。
小さい頃からものがなんで触れるのだろうか?
とか
そもそも在るってどういうことなんだろうか?
と考えていた。
ある漫画の研究本でこんな空想があった。
「今目でみている世界だけが在る世界なのではないか?」
つまり、視野に入らない世界はその都度消滅して、見るたびに再生されている。不思議なことにそれは今までのものと瓜二つで、人間は世界が再生され続けていることに気がつかない。と。
こういう空想を始めると自分以外の存在は「存在し続けていない」、自分だけが唯一無二の実存になるなどという結論に行ってしまいそうになるので、あんまりおすすめはしないが、しかし、人間の頭ではそう考えても不思議はないということになる。
たとえばこんなことも思う。
ボールが地面に落ちる。
何回もバウンドして止まる。
「しかし、ボールは何回目で止まるのだろうか?」
数学的に考えると、止まる(振動がない)極限まで行くということを考えることはできるが、
いつ有限の動くという状態がが無限の止まるという状態に変換されるかという問題については誰も言及することができない。
1と0のスイッチというのは考えれば考えるほど程遠く違ったものであると思わされることになるのだ。
これ以上話を続けようとすると、難しい数学の話になってしまいそうなのでやめようと思うけれど、結局のところ、人間には「1(在る)」か「0(無い)」かという状態を単なる数の序列と考えるということは不可能であるようだ。
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